日本で唯一!? 商売繁盛の神社 京都 繁昌神社と班女塚

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京都 繁昌神社

商売繁盛の神社は日本でここだけと言われる京都市下京区の繁昌神社と、繁昌神社のすぐそばにある奥の院、班女塚をご紹介します。

京都の繁華街、四条烏丸から歩いて10分ほどの繁昌神社は、その名の通り商売繁盛のご利益で知られ、しかも商売繁盛についての神社は日本で唯一だそうです。

商売人、経営者の皆様、繁昌神社にお参りすると何かいいことあるかもしれませんよ (^^)

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繁昌神社の由来

京都 繁昌神社

京都市下京区にある繁昌神社は、京都銀行本店がある烏丸高辻の少し西側、室町通と新町通の間にある小ぢんまりとした神社です。

昔から室町と新町は呉服や着物の問屋街として栄えてきた通りで、岩戸山・白楽天山・船鉾など祇園祭の鉾町にも近く、繁昌神社の周辺は元々商売人の多い地域でもあります。

繁昌神社はとても小さな神社ですが、歴史は平安時代まで遡るほど古く、宇治拾遺物語や応仁の乱あたりの文献にも繁昌神社に関する記載があります。

繁昌神社 由来

繁昌神社の祭神は、市杵嶋姫命・田心姫命・湍津姫命の宗像三女神が祀られています。また、市杵嶋姫命は財福や商売繁昌の神様「弁財天」とも解されており、それが繁昌神社のご利益につながっています。

その昔は班女神社(はんにょじんじゃ)や半女の社と呼ばれていましたが、それが訛って繁昌神社と呼ばれるようになりました。また、江戸時代には功徳院と呼ばれ、真言宗の寺院によって管理されていましたが、明治の神仏分離によって神社だけが残りました。

京都 繁昌神社

江戸時代に入ると、周辺が神社の名前にちなんで繁昌町という町名になり、今でも繁昌神社の周辺は、下京区繁昌町という住所で残っています。

京都 繁昌神社

毎年5月には繁昌神社の例祭「神幸祭」が行われます。この例祭は第2次世界大戦の影響で中断されていましたが、2013年から復活して神輿の巡行が再開されました。

ちなみに、商売繁昌も商売繁盛も意味は同じで、元々商売「繁昌」だったものが、戦後間もなく告示された当用漢字への変更を機に「繁盛」になりましたが、「繁昌神社」の名称はそのまま残りました。

そういえば、大阪にある上方落語の寄席「天満天神繁昌亭」も「繁昌」ですね。

繁昌神社の御朱印とお守り

繁昌神社の御朱印や御札、お守りは、境内で拝受することができます。

繁昌神社 御朱印とお守り

御朱印は大小2種で、5月に行われる繁昌神社の例祭、神幸祭にまつわる御朱印もあります。

繁昌神社 御朱印

繁昌神社には商売繁盛の他に良縁成就のご利益もあり、その両方にちなんだ「商売繁昌の根付」「良縁祈願の桃の鈴」のお守りは初穂料300円で拝受できます。

繁昌神社 お守り

商売繁昌の根付にはそろばん玉、良縁祈願の根付には桃の鈴がついています。

繁昌神社 お守り

商売繁昌が商売に関連するそろばん玉なのはわかりますが、良縁祈願の桃はどんな意味があるのか・・・と思って調べてみたら、古来より桃には厄除けのご利益があるそうで、同じ京都市内にある陰陽道の晴明神社にも厄除桃があります。

繁昌神社の御神燈に桃が描かれていますね。御朱印にも桃が押印されています。

繁昌神社 御神燈

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繁昌神社の奥の院 班女塚

繁昌神社の奥の院として路地の奥にひっそり佇む班女塚は、繁昌神社から15mほど西にある路地を奥に進んだところにあります。

班女塚

繁昌神社は元々班女神社、班女ノ社と呼ばれており、繁昌神社の起源はこの場所だったようです。そういえば同じ京都の貴船神社にも奥の院がありますね。

この班女塚には、鎌倉時代の長門国守だった長門前司の娘にまつわる怪奇譚があり、宇治拾遺物語にも記されています。

長門前司には2人の娘がいて、ここで暮らしていました。姉はすでに嫁ぎ、妹は未婚でしたが、時折通ってくる男がいたそうです。

妹は若くして病に倒れ、とうとう亡くなってしまったため、その亡骸を墓地まで運んだのですが、なぜか棺の中は空でした。不審に思いつつ人々が家に戻ると、驚くことにその亡骸が戻ってきていました。

ふたたび墓地まで運んだのですが、亡骸はまた戻り、とうとう動かなくなりました。

結局、妹はこの場所に葬られ、塚が作られました。それ以後、人々は気味悪がって塚の周囲から離れ、残された塚の上には社が祀られました。

班女塚は何かと曰くのある場所のようで、縁談を控えた女性が塚の前を通ると破談になったそうです。また、豊臣秀吉が社を東山佐女牛に移そうとした時も、祟りがあるとして断念しました。

班女塚の脇には大きな木があり、その周囲にはお地蔵様や小さな祠が並び、街中とは思えない不思議な空間になっています。

班女塚

ただ、伝記には「班女塚の周囲から人が離れ」とあり、誰もが見捨てた不気味な塚というイメージがありますが、この町を「オハンニョ町」と称し、班女塚とともに暮らしてきたという町衆の歴史もあります。

班女塚の案内には「いにしえ人の暮らしと信仰に思いを馳せ、今また、繁昌町内氏子で繁昌神社奥の院として守っております。どうぞ本日ご参拝のご縁を末永く心にお留め置き下さい。」とあります。

繁昌神社だけでなく、班女塚も地元の方々が大切に守ってきたお宮なのですね。

班女塚のお地蔵様

繁昌神社へのアクセス

繁昌神社へのアクセスは、京都市営地下鉄四条駅または阪急烏丸駅が便利です。四条烏丸から歩いておよそ10分ほどで繁昌神社に到着します。

最寄りのバス停は烏丸松原です。京都駅からのアクセスは、地下鉄よりバス停の方が繁昌神社に近いので便利です。駐車場はありませんが、付近にコインパーキングがあります。

商売人や経営者の皆様、京都にお越しの際は、商売繁盛のご利益がある繁昌神社にぜひお参りしていってください。

独身男女の皆様にもオススメです。お参りして良縁成就のご利益を拝受して下さいね。

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